マニュアルメデシンは現代医学の一分野ですから、おおもとの診断システムの考え方は同一です。現在の物理学・化学で説明できないような概念(たとえば「気」)を持ち出す必要はありません。また、運動器系の障害を主に扱う点で、整形外科やリハビリテーション科の診断・評価システムと共通するところが多くなります。しかし、マニュアルメデシンでは、触診を非常に重視し、静的な評価(変形やゆがみ)プラス動的な評価を行ないます。また組織の質的評価を行なうことで、病変の局在性を明らかにしたり、急性・慢性の判断を行って、治療のタイミングを決めることができます。さらには、患者さんひとりひとりにあわせたエクササイズ(ホームプログラム)を処方して、その効果を判定することにも利用できます。
器質的障害と機能的障害
はじめに、器質的障害と機能的障害の違いについて説明します。器質的障害とは、脳出血、結核、癌などのような、正常な組織の中に明らかに異常な部分があるものをさし、レントゲンや CT などで界常を画像として検出することができます。それに対して、機能的障害とは、一見しただけではどこに展常があるかわからず、その場所の働きや運動を観察することではじめて異常な部分を特定でぎるものをさします。
たとえば手関節の骨折に対してギブスを巻いた場合を考えてみましょう。骨折の部分はレントゲン写真で明らかですから器質的障害てす。骨の癒合がすすんでギプスをはずしてみると、手関節や肘、指が硬くなって動かそうとしても痛い場合があります。この場合は、レントゲン写具で動きの硬さ、組織のこわばりはわかりませんから、機能的障害です。すなわち骨折は器質的、関節拘縮は機能的障害になります。
関節拘縮の状態は、関節に触れて動かしてみるこ とではじめて明らかになるものですから、患者さんの体を見ることも触ることもせず、レントゲン写真だけで判定する医師がいたとしたら、拘縮の存在は見逃されることになります。これは極端なたとえだと思われるかもしれませんが、患者さんが、痛みやしびれ感を訴えるケースのうち、かなりの部分がこの機能的障害にあたると私は考えています。
また、骨折のたとえのように、はじめは器質的なものであったのが、しだいに機能的障害に変わっていく場合もあります。首の「ねちがえ」の多くは椎間板や椎間関節の急性炎症ですが、炎症が消退した後 に脊椎分節 (上下の脊椎間をつなぐ構造をまとめて一つのユニットとして考えたもの)の運動制限が残ることがあります。その本態は関節の癒着、周囲靱帯や筋の短縮、筋スパスムスなどか考えられますが、いずれの場合でも分節の機能検育や組織の触診を行ない、機能障害に対する治療(マニュアルメデシン)を行うことで、症状を消失させることができます。
このように、機能障害の存在を証明し、その位置を特定し、評価するためには、とにかく患者さんの体に触れることが必要です。「体に触れる」ということは医療の原点であり、かつてはあたりまえに行なわれていたことだったのです。その意味ではマニュアルマメデシンは一種の先祖帰りであり、古めかしくて、時代遅れの遺物のように考える方もいるかもしれません。しかし、現代のマニュアルメデシンは、最新の運動生理学、解剖学、バイオメカニクス、病理学の成果を受け人れて、これを応用することで効果的な診断・治療ツールとなり、科学的・理論的に説明できるものになったといえましょう。