失格なしで速く歩くには

 

競歩には①ベントニー②ロス・オブ・コンタクトの二つの規則があって、これに違反すると失格になります(くわしくはこちら)。イメージで言うと水泳の自由形と平泳ぎみたいなもので、規則がある分平泳ぎのほうが遅くなります。つまり競歩は歩きというよりも、できるだけ歩くように見せる走り方と思ったほうがいいのかもしれません。デイブ・マクガバンさんのコラムからの抜粋です。)

 

 健康のために競歩をしている場合でも、規則に沿ったテクニックを習得するように努めるべきである。運動能力を高めようとして審判に妨げられることほどうっぷんのたまることはない。審判をだますことは問題外だが、あらゆるスポーツの歴史に規則違反がある以上、競歩の場合も規則を意識しなければならないのだ。しかしながら高速で歩くことが必ず規則違反につながるわけではない。

 

 国際陸連競歩部会長で審判のボブ・バウマンに言わせると、「一般的な考えと(実態は)逆で、現在の競歩選手は過去の選手に比べ飛翔の時間は短かくなりつつ、スピードはより速くなっている」そうだ。規則を守るだけなら簡単なのだ~ゆっくり歩けばいいのだから。だいじなのは、規則を守りつつできるだけ速く歩く練習を積み、人間の可能性を広げていくことだ。

 

(たしかに)規則の順守はスピードを遅くする方向に働くが、動作の効率が向上することによりスピード低下はわずかにとどまる。こう聞いてがっかりしただろうか?いいや!少しの忍耐心さえあれば、技術を磨くことでより速く、さらに速く、しかも無理なく歩けるようになる。

 

 では正しいテクニックとはなんだろう?

 

 自分のやり方にこだわらない

 

 歩行スピードはストライドの長さ×ピッチ(単位時間当たりの歩数)で決まる。速く歩くためにはいずれかの要素を増やす必要がある。理論的にはいずれかの足が必ず接地しているはずだから、ストライドを伸ばすのには限界がある。だからよりスピードを上げるにはピッチを増やすことになる。彫刻家が何の変哲もない岩の塊から芸術的な彫像を掘り出すときのように、速さにつながらない(余計な)動きをすべて消し去ることだ。足の回転率を上げる妨げになる動きはなくそう。速く歩くための第一の秘訣とは、自分のやり方(むだのある動き)を捨て去ることなのである。

 

 いちばんよくあるまちがいはオーバーストライドだ。健康ウォーカーやむだな動きの多い選手が速く歩こうとすると、脚の回転数を上げずにストライドを伸ばそうとする。ところがいたずらにストライドを伸ばすことは逆効果になる。かかと接地が前に行けばいくほど、からだを突き上げる力が強くかかってくる。ちょうど棒高跳びをするときにポールをより前につくのと同じことになる~からだを上に持ち上げるためにより速く走らなければならない。ポールを持つ位置が高く、ポールの先端が接地する瞬間にポールがより垂直に近ければ近いほど、ポールにかかるてこの力でからだを上昇させることが容易になる。同じく、かかと接地の位置がからだに近ければ近いほど下肢は接地の瞬間に垂直に近い位置になり、接地した足の上をからだが越えていく動きが楽になる。

 

 健康ウォーカーやオーバーストライド気味の選手に見られるように、両足接地時の下肢が二等辺三角形に見えるようではまずい。前脚に比べ後脚が長く見えなければならない。

 

 回転を上げる

 

 はじめ足の回転率を上げようとするとストライドが若干縮むかもしれないが、気にしないことだ。効率的な競歩テクニックは、自転車の高速ギアを使うのと同じ~ストライドが短くなって抵抗が小さくなる分、回転率が高まりやすい。結果的により速く、より楽に動けるようになる。体前方のストライドを短くするメリットはスピードだけではない。長くゆっくりとしたストライドは効率が悪いだけでなく、飛翔時間を増やすことになる。だからストライドを短くすることで速くなるだけでなく、規則違反の恐れも減るのだ。

 

 オーストラリアの研究からわかったのは、世界レベルの選手の場合、前方への接地は重心から30-40センチ以内にとどまっている。最速クラスの中国女性選手では、これが10センチ程度である。信じられないくらいの回転率があって、10キロ42分以内の記録が達成できている。だからすばやく、からだに近いところで接地していこう。

 

 口で言うのはカンタンだが、どうやったら速い効率的なステップを踏めるようになるのだろうか?答えは全身にあるので、まず基本から。

 

 足を使え

 

 競歩において、唯一地面に接触するのは足である。あたりまえだが、ときに忘れられがちな点である。つまり足はきわめて活発に動く部分なのだ。しかし前に述べたように、肝心なのは自分のやり方にこだわらないことなのだ。

 

 からだが前足の上を越えるとき、足は歯車やロッキングチェアのように回転する。下腿や足の筋肉が弱いと、かかと接地の衝撃に負けて足がぱたんと接地(底屈)する。前足部に早めに衝撃がかかると回転動作の妨げになり、効率の悪いばたばたした動きになる。

 

 オーバーストライドになると、かかと接地の角度が急になるためにばたんと接地が起こりやすい。大きく重く柔軟性のないシューズではスムーズな回転運動を損なうために、同じことが起きやすい。このように前足の接地に気を使うことと同じくらい大事なのが、足の反発力を活かし後脚のストライドをのばすことだ。前に行く推進力は後ろ足の押し出しで生じ、からだが足を乗り越えるてこの力を生み出す。だから可能な限り後ろ足を地面に残すように足を回転させることがこのてこの力を最大化するのだ。

 

 ストライドの後ろが長く見えるようにして、ストライド長と回転率の掛け算を最大にするために、一歩ごとにかかとからつま先までなめらかに回転できるように足を能動的に使わなければならない。これができなければぎくしゃくした動きになり、推進力とスピードをじゅうぶんに生み出せなくなるのだ。

 

 筋力と柔軟性の不足は足・足関節の効率的な動きを妨げるが、これは改善できる。一番いいのは、フローテーションベストを着用したままプールで競歩の練習をする方法だ。水の抵抗があるために(無意識に)足の底背屈運動がおきる。カーフレイズ(つま先立ち)やセラバンドを用いたエクササイズも有効である。

 

 つま先をまっすぐにそろえる

 

 からだの横方向への動きを抑えてストライドを最大限に保つために、一本の線上を進むように接地を行う。この「一直線」歩行をするには足と股関節の動きがカギになる。左足がつま先まで回転してからだを押し出しているとき、右のでん部(骨盤)が前に動き右足を運び、外側でなく前方に着地する。

 

 健康ウォーカーや未熟な競歩選手の場合、後ろ足の回転や骨盤(でん部)の動きが使えないので、前足がからだの前方に着地できない。効率的な歩行とは、股関節と足の動きをしっかりと使い、各ストライドを一直線に運ぶ動きなのだ。

 

 またバイオメカニクス的に可能(※)ならば、つま先は外を向かずまっすぐにすることで、各ストライドごとに数インチ伸ばすことができる。なかには30度も足が外を向いて歩く選手もいる。それだけで数インチ損をする。分あたり200歩として1分で400インチ(10メートル)距離が短い。10キロのレースなら2分のちがいになる! だから小さなテクニックの改善であっても、練習を変えずに大きなちがいにできるのだ。

 

※生まれつきや後天的なけがなどでつま先が外を向く人がいます。こういう人に「つま先を前に向けること」という指導をすると、かえってパフォーマンスを損ない、故障する可能性が高まります。専門的には下腿外捻、外反偏平足、大腿骨頭後捻などです。わたしは子供のときの下腿骨骨折で右足がやや外向きになっていますが、これを治そうとして故障がちになったことがあります。バイオメカニクスに個人差があることを忘れないように。

 

 駆動期も跳躍期も利用する

 

 自分のやり方にこだわらない(自分勝手な思い込みをたえず修正していく)ことは練習の第一段階に過ぎない~からだを前進させる力を作り出すことが必要だ。方法は二つあって、どちらも有効に使わなければならない。それが駆動期と跳躍期で、この二つは連続している。一側の脚が前方に移動するときに慣性力が生まれると同時に、他側の脚は(棒高跳びの棒のように接地点をてこにして乗り越える動きをすることで)推進力を生み出している。

 

 著者によっては足を前方に振りだす時期をスウィング・フェイズ(振りだし・遊脚期)と呼んでいるが、他動的な運動(力を使わない)だという意味が含まれている。だが決して受け身な運動ではなく、ひざを力強くひざを振りださなければならない。また跳躍期をプロパルジョン・フェイズ(駆出・立脚期)と呼んでいるかもしれない。どちらの期も前進力を生み出しているから、これはいささか不適切といえる。だから駆動期と跳躍期という用語のほうが、歩行サイクルの表現として適切なのだ。

(訳者より:用語の論争はよくあるので、一般の人は気にしないでいいでしょうー考え方を学んでください)

 

 駆動期について

 

 駆動期の始まりは両足接地の瞬間、前足のかかとと後ろ足のつま先が接地しているときである。後ろ足が地面を押した後、後脚は前方に飛び出していく。かんたんな物理学の応用であり、15キロぐらいのもの~すなわち一側の下肢を前に向かって投げ出せば、接地した足の上を越えてからだも前に引っ張られていくわけだ。

 

 左足が前に投げ出されると、からだは右足の上を乗り越えていく。多くの選手が競歩規則ではひざは曲がってはいけないと考えているが、これはまちがいだ。曲がっていいし、曲がるべき~ただし脚が(空中で)前進運動を行っている限りにおいてだ。前進する脚はランナーのように動き、押し出し(地面を離れる瞬間)の後ひざは90度に曲がり、力強く前に投げ出される。腕ふりと同じことだ。ひじを90度に曲げることで、短くて素早い振り子運動が行える。ひざを90度に曲げるのも同じことで、脚を最大限速く振りだせるのだ。

 

 ひざを前に振りだした直後、殿筋とハムストリングを使って脚をひきもどし、かかとが接地する瞬間にはひざが伸びた状態にする。四頭筋(大腿前方の筋)を使ってひざを伸ばそうとしないこと。つまり大腿部が前方から後方に方向が変わり、下肢全体が前進するときにひざは自動的に伸びていく。力をぬき、起こるがままにしよう。飛び出しナイフを開くときには、手首を振って急に動きを止める~刃の部分はそのまま動いて開くが、手首の代わりに股関節が動いて止まると思えば、ひざが伸びる理屈がわかりやすい。

 

 注意点を一つ。ひざの振りだしを決して高くしないこと。推進力は前に必要で、上にではない。ひざが高いと非効率で、規則違反っぽく見える。ひざを低く強く振りだせば、足は低く地面をかするように進む。うまくタイミングを計り、低く運んだ足がからだの直近で接地し、ひざが伸びるようにしたい。これこそ効果的かつ速い方法で、かっこいい(クール!!)のだ。

 

 

 跳躍期について

 

 跳躍期は、からだの前方でのかかとが接地から始まる。一側のひざが屈曲しながら前に動くとき、からだは対側の下肢(すなわち支持脚)の上を乗り越える。競歩とランニングではここが違う。ランナーの脚がからだの下に来たとき、ひざは曲がってからだを前方に押し出す準備をしている。一方競歩の場合、支持脚の膝は伸びており、バネではなく、てこの力でからだを前に運ぶ。

 

 跳躍期を効果的に行うコツは、てこの力を用いて最大限の前進運動を行うことだ。また物理で説明すると、てこが長ければ長いほどより力が(ストライドの幅が)大きくなる。接地している脚の上をからだの重心が通った後、足くびを底屈させることでてこを長くできる。骨盤を効率よく使うことも長くて力強いてこを使うもう一つの手段になる。ただ脚を動かす(股関節で動く)のではなく、肋骨のつけね(胸椎)から脚が始まっていると想像してみよう。腹斜筋(脇腹)を強く収縮させ骨盤を動かすことで、この長いてこが実現できる。だから骨盤の回転を使って前進力を生み出すと同時に、実際のストライドを伸ばし、からだをさらに前に押し出すことができる。

 

 かりに腹斜筋を使わず、てこのはたらきだけでストライドを伸ばしたとしても、つま先がしっかり働いていれば自動的にストライドは長くなる。接地した足が固定されて、対側の足が前に振り出されるからだ。このように骨盤の動きをしっかり使うことで、ストライドは長くなりつま先は前方に一直線に動いていく。

 

 もうおわかりのように、競歩では骨盤がいちばん重要なのだ。推進力は後ろ足が地面を押し出すことによって得られ、前脚は低く力強い膝の動きで振り出される。強靭な骨盤の前後方向の動きが跳躍期と駆動期双方を生み出している。古くさい腰の横振り運動でなく、前後の骨盤の動きに集中しよう。

 

 ヒップドロップ(股関節のでっぱり〜大転子が下がる動き)は押し出し(プッシュオフ)の後におきる。後ろ脚が前方に動き足が地面をはなれると、股関節を押し上げる力が消えるためヒップドロップがおきる。わざとこの動きをする必要もないし気にすることもない〜ヒップドロップをコーチが気にして選手を困らせる理由がわからない。

 

 まっすぐの姿勢をたもつ

 

「前傾をたもて」は神話にすぎない。世界中のコーチや選手からさんざんからかわれたにもかかわらず、アメリカではコーチが選手に足元から前傾をたもつように指導することが多い(1998年当時)。

 

 いくつかの理由から前傾はまずい。まず第一に、前足の前進運動による加速力は、(からだの前傾から生じる)による力をはるかに上回る。片足立ちをしてから5〜8度前傾をしてみよう。前に倒れるときにゆっくりと加速力が生じるが、対側の足が地面に接触してからだを支える。この動きに1秒余りかかるが、これは競歩選手の1分あたり180〜240歩による接地時間の3~4倍になってしまう。つまり重力だけではどんなにおそい選手の場合でも役に立たないことになるのだ。

 

 前傾による問題点のもう一つは、前方に伸ばした前足の接地時にみられる。前傾すると前脚が遠くまで伸びてしまう。この状態で接地するとがくがくした衝撃が起きて、フランケンシュタインのような歩き方になってしまう。

 

 重力によってフランケンシュタインが前に進むことができたとして、この足を突き上げる力がスムーズな体重の移動をさまたげる。わたしは、村人たちがフランケンを怖がる理由がわからない。確かに見た目は怖いが、速くは歩けっこないのだから。

 

 腰からの前傾も格好悪く遅くなるが、からだ〜とりわけ腰にきつい。手のひらでほうきを支えていると考えてみよう。まっすぐほうきが立っている限り軽く感じるはずだ。つぎに柄のはじをにぎったまま、ほうきを水平にすると重く感じる。ほうきを5〜8度傾けるだけでもまっすぐに支えるより難しくなる。前傾するのはこれと同じだ。それにほうきよりあなたの体幹の方がずっと重いのだ。この調子でずっと話続けてもいいが、まっすぐに立って練習する気になっているなら、このへんにしておこう。 

 

 首と肩をゆるめる

 

 頭を下げて歩くとき、首や肩にかかる緊張が体全体に伝わってくる。できるだけ目線を水平方向に保とう。どうしても必要なら、頭はまっすぐにしたまま、目線だけ足元をチェックして、少なくとも15〜20メートル先の路面を見るようにしよう。ふちのある帽子をかぶると目線が下がりやすくなるので、日よけを後ろに回すか意識的に前を見続けるようにしよう。

 

 肩は力を抜き、できるだけ下げて、上半身の回転(骨盤ではなく)は最小限にする。体幹は体質量の4割を占めるから、上半身の余計な運動はエネルギーを浪費し、肩や首の緊張を招く。

 

 力みがなく、効率的な腕振り

 

 古株のコーチから、腕振りで進めとよく言われたものだ。だがこれはおかしい。ストックでも使わない限り腕で前に進むことなどありえない。力強い腕振りによって骨盤の動きをしっかりとは行える。しかしあくまで効率的な腕振りによってだ。

 

 脇が甘くバタバタした腕振りでは、余計な腰の横振りを生じる。また腕を突き上げるとからだの重心を上下させて、失格になりやすいたて揺れを招く。

 

 胸骨(正中線)を越えて腕振りが交差するのに、後ろにはほとんど動かないおかしな腕振りもある。肩の力を抜き、手を握りしめず、肩から下がった振り子のような感じで腕を振ろう。肘の角度は90度だが、レース距離や個人の好みで変わってくる。大事なのは首と肩をゆるめて自然な腕振りをすることだ。

 

 頭の中身をほどく

 

 体の動かし方についていろいろ説明したが、競歩は足だけで行うのではなく、心でも行うものだ。速く歩くカギはリラックスすることだが、これには心も含まれている。競歩には厳密な規則上の制限があるため、ランニングよりも非効率な動きの影響が蓄積しやすい。どういうことか?ランニングでは多少の問題はつくろえるが、競歩におけるテクニックの問題点は、即座に疲労の蓄積とペースダウンにつながるということだ。

 

 レースやきつい練習のとき、絶えず緊張をほどくよう意識することが重要だ。速く歩くために歯を食いしばったり、こぶしを握りしめる必要はない。あごや上半身の緊張は下肢に伝わり、ストライドの短縮を招く。同様に、ムチャな腕振りをしても、リフティングやオーバーストライドにつながるだけである。無理してやるな〜流れるように楽に行こう。

 

 テクニックとスタイルの違い 

 

 ときに明確な区別のないまま使われることがあるが、テクニックとスタイルは同じではない。テクニックとは規則の範囲内で技術を磨く方法を指す。地面との接触を失わず、支持脚が伸びているなら正しいテクニックと言える。しかしながら、人にはスタイルというものがある。スタイルとは、ある特定の選手の腕振り、姿勢や骨盤の動きなどの特徴を指す言葉である。

 

 元来スポーツの規則に美的観点は含まれていない。流麗なフォームで歩く一流の競歩選手は地面との接触が完璧なことも微妙なこともある。より効率の悪い不恰好なフォームの選手は審判の目を引きやすいことがある。

 

 見た目は流麗でもわずかに地面との接触を失っている選手ではなく、この目を引きやすいが実際は完璧に規則を守っている選手が審判によって失格を宣言されることはまれではない。これが正義と言えるのか?

 

 言えないかもしれないが、それが現実だ。流麗なウォーキングは速くて効率が良く故障が少ないだけでなく、実際はどうであれ規則内におさまっているとみなされやすい(※)。

 

※「ベント・ニーについて」を参照してください。