高齢者の自動車事故についての一考察

 

 最近高齢者の方の自動車事故が大きくクローズアップされるようになってきました。

 

 事故のニュースを聞くたびに、「どうして車が暴走してしまったのか?」と考えてしまいます。調査の結果、ほとんどのケースで車の故障など機械の欠陥は否定され、人為的要因が原因とされているようです。

 

 人に原因があるなかでは認知症が注目されていて、たしかに普通では考えられないような状況(逆走や歩道・線路内への乗り入れなど)で事故が起きた例を考えるともっともな推論だと思います。

 

 しかしここではそれとは別に、からだ側の要因を考えてみたいと思います。というのは実際に高齢の方を多く診察していると共通の身体的特徴が見受けられ、そのことが事故発生に影響しているのではと考えるからです。

 

 ご高齢で、日常生活で車を多用し、近所の買い物一つでもまず歩かないという方は珍しくありません。こういう方を診察すると、腹部の筋が著しく弱いが背筋は比較的筋力が保たれていることが多いです。

 

 また下肢では膝の前の筋(大腿四頭筋)は比較的力が保たれている一方、大殿筋やハムストリングは弱く、筋そのものも委縮しています。下腿の筋肉は比較的筋力が保たれています。

 

 こういった体の人が突発的事態に遭遇し、緊急ですばやく体を動かそうとしたとき、どういう状態になるでしょうか?

 

 恐怖に対する体の反応は、身を硬直させることです。訓練を受けた人なら力を抜いたり受け身をとることができますが、ふつうは体を緊張させて脅威(大昔なら猛獣や敵)に対処しようとするでしょう。

 

 ところが上記のような筋力のアンバランスが目立つ人が事故の瞬間にどう反応するかを考えると、背筋を反り返らせ、膝をぴんと伸ばして体を守ろうとするはずです。これは一種の反射運動で、大脳皮質など複雑な状況判断を行う脳の働きが関与しないもっと原始的な反応ですから、考えて抑えることはできないはずです。

 

 事故の瞬間、身も心もパニックになったときに体が反応し、からだを反らし、ひざを伸ばし、アクセルを踏みつける。さらに車は加速するが、からだはコントロールを失ったままアクセルを踏み続ける。こういったシナリオがあるのではないかと思っています。

 

 「ブレーキが効かなかった。アクセルが壊れていた。」という当事者の方の発言がよく聞かれる裏には、本人の意志と関係なく反射的にアクセルを踏みつけるメカニズムが働いているのではないか。

 

 ちょっとうがった見方かもしれませんが、日ごろの診療経験からこういったことも考えられるのでは?と思い、一文をしたためてみました。