最良のストライド(10)

魔法のシューズ

 

 私たちの弱点を補い、良いバイオメカニクスを確立し、速くスムーズに、故障知らずで走り続けることができるシューズがある。わたしたちはこう思い込まされてきたようだ。

 

 だがシューズが足への衝撃にかかわっていることは本当だから、靴に何かあるかもしれないと考えるのは当然だ。今回は少し詳しく考えてみたい。

 

 プロネーションについて

 

 着地の衝撃で足が内側に倒れ込み、土踏まずが潰れて平べったくなる動きをプロネーション(回内)と呼ぶ。これは全く正常な動きであり、着地の衝撃を和らげるために必要なからだのメカニズムの一つである。

 

 もともとの素質のためか、走り方の問題なのかはわからないが、このプロネーションの程度が強いオーバープロネーション(過回内)の状態になると、足底筋膜炎やアキレス腱炎などの故障が起きやすいと以前から言われてきた。  

 

 ところが、調査研究の結果、オーバープロネーションと足の故障の間にはっきりした関係は見つからなかった。

 

 また、靴を履いた状態で走ったときのバイオメカニクスを実際に調べてみると、どんな靴をはいても靴の中で足はプロネーションしていることがわかった。モーション・コントロール(過回内を防ぐ工夫をしたシューズ)タイプのシューズでも結果は同じだった。

 

 シューズにどんな新しい機能を付け加えても、結局着地の瞬間に足は回内しているのだ。

 

 現在のバイオメカニクスの研究をまとめてみる。

 

  1.  回内の程度に個人差があるが、ほとんどの人で矯正の必要はない。
  2.  足の回内の動きは正常な衝撃吸収のメカニズムの一つである。
  3.  オーバープロネーションは存在しない。個人個人の衝撃吸収のメカニズムには違いがあり、足のプロネーションが目立つように見える場合でもその人にとっては必要な動きである。

 ミニマリスト・シューズがいいのか

 

 そういうことなら、何にもプロテクション機能のないミニマリスト・シューズ、もっといえばはだしで走ることが正しいのだろうか?

 

 できるだけはだしに近い状態で走れば、ほんとうに体に無理のない、故障知らずの走り方が身につくのだろうか?ことはそう簡単ではなさそうだ。

 

 靴を変えれば、おのずと走り方も変わってくるのだろうか?これも調査の結果、否と出た。9割の人は、靴を変えても走り方を変えなかった。どんな靴を履いても、自分が走りやすいように走るので、結局は靴で走り方が変化しなかったのだ。

 

 現在のところ、靴はいらないと考えている専門家はいないし、足に合わない靴は良くないと彼らも考えている。

 

 ということで、今の時点でおすすめする靴選びのコツは4つだ。

 

1 できるだけシンプルなシューズを選ぼう

 

 足を守るために考えられた機能ができるだけないシューズを選ぶ。守られるということは、長い目で見ると弱くなるということだ。骨も筋も腱も使えば強くなり、使わなければ弱くなる。日頃からプロテクション機能の少ないシューズを履くことを基本にしよう。(※)

 

ちょっと一言。故障明けだったり、日頃まったく体を動かしていなかった人が急に動き出す時はプロテクションも必要です。この本は元気なランナーの読者を前提に書かれていますから、そこを割り引いて読んだほうがいいでしょう。そういうときは走るよりも歩きから始めましょう。

 

2 いいと感じたらいい

 

 実際にはいて、走ってみていいと感じたら、そのシューズはあなたにとっていいシューズなのだ。はき心地がいい、走って楽に感じるならオーケーだ。そのシューズはあなたのバイオメカニクスに合っているのだ。

 

3 機能よりフィッティング

 

 どこも当たらず、キツすぎず、ゆるすぎず、適度に締め付け感のある靴を選ぶ。靴のどんな機能よりもフィッティングのほうを優先しよう。ある研究者の調査ではランナーの四分の3は小さすぎる靴を選んでいるそうだ。つま先はおやゆびの横幅くらいゆとりがあり、靴ひもでを締めれば中足部がしっかりと固定され、かかとがずれず、指の付け根の幅がきつすぎないものを選ぼう。

 

4 こだわりは考えもの

 

 ある調査から、靴をいろいろ履き替えて走るランナーは怪我が少ないことが分かった。だからお気に入りのシューズにこだわらず、ふだんからいろいろな靴を履いて走るようにしよう。

 

 靴には必ず特徴=癖があり、同じ靴を履き続ければ、足の同じ部位に繰り返し無理がかかりやすい。だから靴を履き変えれば無理のかかる部位を分散することができるので、怪我が減るのだ。

 

 あなたにとって最も無理のない、効率的で怪我をしにくいフォームで走れるようになってきたら、靴選びは重要ではなくなるだろう。どんな靴をはいてもそれなりに気持ち良く走れるようになるのだから。

 

 さて、それでは実際の靴選びを私の経験から考えてみます。

HOKA ONEONE(ホカオネオネ)のクレイトンです。厚底シューズの代表格。

 

 かかとの骨折を起こす前で、今から思えば疲労骨折があった時期、この靴を履くと痛みが軽く走れて重宝したのですが…。それがかえって仇になった可能性は否定できません。

 

 不思議なことに、ランニングを再開した今、この靴を履くととても走りづらく感じます。わたしは無意識に走るとき、フォアフット・ストライカー(つま先から着地するランナー)なので、かかとの厚みは必要ないのかな?と思っています。

 

ナイキのオデッセイ・リアクトです。これも有名な厚底シューズ。

 

 リハビリの後半、松葉杖を使った歩行訓練のときにずいぶんお世話になりました。いまでもウォーキングに使うと快適なシューズです。

 

 ところがランニングに使うと、妙な弾み感が気になります。また重さも気になります。本当に重いというより、そういう風に感じるのだと思います。

アシックスのターサー・ジールです。少し速めの人向けに作られたシューズで、上二つに比べると、ソールがうすい!です。

 

 ところが、これだと「走れる」んですね。アキレス腱に負担がかかるのでは?と気になるところですが、走った後に痛みや腫れが強くなることもありません。はいた感じも悪くありません。

ミズノのウェーブ・エンペラーです。これもやや上級者向けでソールは薄めですが、ミズノ独自のウェーブシステムのせいか、着地は柔らかく感じます。

 

 いまの段階では、ちょっと足への負担が強いかなと感じていますが、短めのジョグから使っていこうと思っています。

現在のお気に入り、ON(オン)のクラウドです。

 

 ソールに横穴が開いていたり、縦方向に大きな溝がほってあったりで第一印象は変わったシューズと思いましたが、使ってみると至極まっとうなシューズです。何より軽いです。実際にもエンペラーより軽いのですが、はき心地が軽く感じます。

 

 こうやって自分に合う靴を探してみると、やはりはいて試してみないとわからないなという印象です。この章の4つの靴選びのこつはとても現実的なアドバイスだと思います。ブランド、コマーシャルや値段など、お店にいくとみんな迷っていると思います。そんなとき、このアドバイスを思い出していただけると幸いです。11へ