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診断(3)

 

 触診による質的・運動的評価

 

 それでは、触診による診断方法はどのようなものでしょうか。これを詳しく述べようとすれば、それだけで1冊の本になってしまいますので、基本的な考えかたをお示ししようと思います。

 

 まず、表面解剖を熟知して触診を行うことが必要です。だれでも骨、筋、関節の名前を知っていますが 、触診てその正確な部位を判断するには、練習が必要です。例えば、次のようなものです。第6頚椎の横突起や第1肋椎関節の位置、棘下筋と小円筋の判別と起始・停止部の確認、腰椎における各横突起の位置、左右の上後腸骨棘と正中仙骨稜の位附関係、三角豆状関節の位置、近位脛腓関節の位置、距骨下関節の位置など、知識としてはわきまえていても、はっきりこの場所であると示しにくいのではないでしょうか。皮フの上から体の各構造を同定できるようになることで、その部位の運動=機能を診断することができます。

 

 次に体の各構造の動きを指や手で感じ取ります。このときに大事なのは、指先で触れている ものが、実際にはどんな形をしていて、隣接した組織との関係でどのように動くのかを頭のなかでイメージしながら、診断することです。そのためには、各部位の機能的解剖学とバイオメカニクスを理解していなければなりません。後頭環椎関節を例にとると、関節面のかたち(凸面と凹面の配置・関節面の傾斜の方向)、関節の運動方向と可動域(側屈・回旋の複合運動と屈曲・伸展運動)、関節運動に影臀を与える筋の名前と配置、直接関係する神経や血管の配置(大後頭神経・椎骨動脈の走行など)、頚椎全体へ与える後頭環椎関節の運動の影響を知っておくことです。そして、実 際に正常な状態での動きを手で感じとってみることです。ひとたび正常な状態を理解し、触診で確認できるようになれば、異常を検知できるようになります。

 

 このことは、非常にむずかしく感じるかもしれません。もしも、こういったことを一から自分で勉強しようとするならば、たしかにたいへんだと思います。しかし、テキストを読めば、細かな知識や触診の方法が苔いてありますから、くりかえし読み、覚えていくことです。そして実際の治療のさいに、どんどん触ってみることです。頭痛の患者さんが来たら頭や頚の動きをていねいに調べてみてください。<びの痛みや肩こりできた患者さんでも、同じようにしてみてください。しだいに、正常な動きとはどんな感じかがつかめてくるはずです。

 

  各構造の動きを手で感じるうえで、もう一つだいじなことは、動きの「質」を感じることです。可動する範囲を調べるだけでなく、可動域内での運動の感じや限界に達したときの組織の弾力性をみます。かたい感じか柔らかい感じか、かたいとしても骨があたるような感じかゴムのような感じかなど、こまかく調べていけば、いろいろな惰報が入ってきます。肘関節を伸展させていくと、最後に骨と骨 ( 1E 確には骨膜と骨膜)がぶつかる感じがしますが、屈曲させた最後の感じはもっとやわらかい、くにゃっとした感じだとわかるはずです。可動域の制限があって、その原因を知りたいとき、こういった運動の質を感じることは、非常に大きな助けになります。固い感じでとまるはずなのに、やわらかい感じで止まるとすれば、筋肉のように弾力のあるものか運動制限の理由ではないかというように判断します。脊椎の運動制限があったとして、触ってみてうんともすんともいわないような固さ(まったく動かない)があれば、この分節はすでに可動性が失われて久しいのではないかと考えるわけです。

 

 また、組織そのものの「質」を感じとることも大事です。触れてみて、固いか、柔らかいか、熱を持っているか否か、むくんでいるか、非常に敏感な状態になっていないかを判断します。急性炎症による腫れや熱感、深部の障害に対する神経反射によって生じる皮フの硬結や浮腫、筋スパスムスの存在などを確認します。筋スパズムが強いために運動機能の触診をきちんとできない場合でも、脊髄分節の配置(デルマトーム、マイオトーム、スクレロトーム)を頭で確認しながら触診することで、障害の部位を特定できることもまれではありません。ここでも神経、筋、血管、皮下・皮フ組織などの解剖学的関係や、神経を介してのつながりを理解していなければなりません。

 

 さらに、こういった触診による診察の際に、患者さんの痛みやしびれがどこでどのように出現し、消えるのかを観察することも盾要です。制限があっても痛みを伴わない場合もあれば、制限がなくても痛みが強い場合もあります。とくに、可動域制限ではなく、反対に可動域拡大(不安定性)があって、組織障害のために痛みが生じているケースでは、痛みのあるところにマニピュレーション(スラスト)を行うことが治療であるというような単純な考え方をしていると、判断を誤って、良くて効果なし、悪ければ症状を悪化させることにもなりかねません。こういったケースでは、つぎの3つの治療方法が考えられます。

 

①むしろ不安定な部分に隣接した可動域制限の部位を治療することで全体のバイオメカニクスを改善し、不安定性を有する部位にかかるストレスを軽減させる。

 

②不安定性を改善する手段を考える。すなわち、問題となる部位に効果的に作用するエクササイズ(筋力強化)を処方する、一時的にコルセットや装具で局所の安静を保ち、損傷部位の修復を待っ。

 

③局所的な治療はいっさい行なわず、生活習慣、姿勢、体のくせのなかから症状を誘発する動作を見つけ出し、これらを行なわないように晋慣付けをしていく。

 

 このなかから、目の前にいる患者さんにとってのベストプランを考えていきます。

 

 治療方針を決めにくい場合や、治療効果を判定するために、反復的な自動運動を患者さん自らに行ってもらって、これを観察する場合もあります。ある関節に運動制限かみつかり、症状の原因であると考えられたとしても、周所的な炎症が強くて、いまはまだ局所的な治療を行う時期ではないかもしれないと判断に困ることがあるかもしれません。こんな時に患者さん自身に、ある特定の運動をくり返し行ってもらうことで、判断の助けをえることができます。たとえば、腰痛の患者さんで、強い痛みはなくなったが、立ちあがったり、からだの向きを変えるときに痛みといった状態の人を考えてみましょう。腰椎を動かして、痛む方向を確認できたら、痛む方向にくりかえし動かしてもらいます。痛みがしだいに悪化するようなら、まだ運動はダメ、軽くなってくるようなら、むしろ動かしていったほうがよいというふうに判断するわけです。ちなみに、これがマッケンジ一法とよばれている治療体系の基本原理です。

 

 以上、問診や—般的な診察方法とマニュアルメデシン的診察方法を総合することで、患者さんの状態を評価します。評価の結果、マニュアルメデシンによる治療法が適当であると判断できるならば、治療に入ります。患者さんによっては、薬物療法がベストの場合や、生活指導だけで十分という場合もありますから、患者さんが望んだとしても、マニュアルメデシン的な治療を行なわないことも(まれならず)あります。どのような治療方針であっても、患者さんには納得の行くような説明をこころがけることがだいじです。自分自身のからだの問題点とその対処法を理解することは、治療を進めるうえで非常に大切なことですし、患者さん自身も安心します。ときには説明しただけで、症状が改善していくこともあります。身体に対する不安と症状の関係についてここで述べることはしませんが、臨床に携わるものとして絶対におろそかにできない問題です。

 

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