手足のけがや腰痛などくびから下を中心に診ていますが、なんでけがをしたのか、痛みが出たのかをつきつめると、からだを動かさないことがきっかけとなったケースが多いです。そしてからだをしっかり動かすためには、脳を元気に使うことが必要なのです。
1 前頭葉の役割
だれだって楽はしたいものです。いつもと同じ毎日、深く考えず過ごしていれば気楽です。でもそれだけだと脳が退化します。とくに脳の前方にある前頭葉の働きが弱ってしまいます。前頭葉が司っているのは、強い意志を持ち、粘り強く計画し、実際に行動する力です。
脳やせき髄(中枢神経)は生まれてから死ぬまで絶えず改変されています。よく使うところは強化され、あまり使わない部分は委縮していきます。前頭葉を使わないでいるとしだいに委縮し、いざ!というときに働かなくなっていきます。体のほかの部分と同様に、委縮の程度がある一線を越えてしまうと機能不全が戻らなくなります。認知症と呼ばれる状態ですが、実際は腎不全・心不全と同じく、脳不全になっているのです。
2 よく聞き、一考する
脳の健康のため、前頭葉を働かせましょう。まず第一歩は「よく聞く」ことです。外来で診察していると、(この人はほんとうにわかってるのかな?)と思うことがあります。みょうに受け答えが軽く、聞き流しているような印象、あとで聞いてみると要領を得なくなっている。そんなに珍しいことではありません。
医療にかぎらずその道のプロに接することがあるはずです。趣味や習い事でかなりの経験を積んだ人から話を聞くこともあるでしょう。そういう時、相手の言葉をしっかりと聞き取りましょう。わからないことは質問してください。ことばの選び方にその人なりの含蓄があり、人柄や考え方が現れています。聞きたいこととちがう回答だった場合、まず一回飲み込み、落ち着いて考える習慣をつけましょう。心を柔らかくして、いろいろな可能性に心を開くことが脳を鍛えます。怒る、はねつけるなど拙速の反応は機械がショートしたのと同じで、脳にダメージを与えます。
3 すぐに実行する
言うは易く行うは難し。ことわざにあるとおり、誰にとっても何かをやるのは大変です。わたしの経験でいうと、いきなりなにかすごいこと、かっこいいことをしようとするとまず失敗します。適当に、興味のおもむくままに、ちょっといいかげんにやりはじめると、案外長続きするようです。はるかむかしの学生時代、優柔不断な自分に嫌気がさして(いろいろ考えずにまずやってみよう)と思いたちました。40年以上たったいま思い返してみて、失敗することもありましたが大すじはそれで良かったなーと思っています。
すべてを準備せず、走り出してから考える。ビジネス書にありそうな内容ですが、最近の脳科学の研究からも正しいことがわかってきました。とりあえずやってみると、脳の中の回路が働き始め、最初大変だと思っていたことでもなんとかなるものです。これができなくなるのが高次脳機能障害の一つ、遂行機能障害で、前頭葉のはたらきが落ちているサインです。病気やけががよくなっていて本人さえその気になれば歩けそう、でも実際には歩けない。最近リハビリの現場では、こういう方を見ることがめずらしくありません。歩かないのか、歩けないのか?まわりは悩みますが、やはり認知症がかかわっているケースが大半だと考えています。認知症の予防のためにも前頭葉を鍛えましょう。
4 前頭葉を鍛えるには
・自分を抑える・・・前頭葉のダメージが強くなると感情の抑えが聞かず、すぐに怒ったり泣いたりするようになります。怒りやすい人はなぜ自分が怒りを感じるのか、一度立ち止まって考える習慣をつけましょう。日ごろの生活でも、自分ばかりを優先せず相手の立場を思いやったり、気遣う言葉をかけるなど、前頭葉訓練のチャンスがごろごろ転がっています。
・欲望がお手伝い・・・ちょっと前ですが、京都の山中でみつけたレストランがなかなかおいしくて、またハイキングで行ってみようかな!と思っています。食欲・物欲そのほか基本的な欲望は行動への大きなドライバーになります。うまく活用して行動範囲を広げましょう。
・肩書・立場からはなれる・・・身にまとっているものにいつのまにかとらわれていませんか。だれもあなたのことを知らない場所やイベントに身を置いてみましょう。ただのおじさん・おばさんになって素のままで行動すると新鮮です。心のオーバーホールになりますよ。
・エイヤ!とやってみる・・・なにかをしてみたいと思ったとき、心の中でできない理由をさがしていませんか?ほんとうにできないことなのか、それともやらないですむ理由を探しているのか。よく考えてみましょう。やるかやらないか迷ったとき、とりあえず「やる!」の選択ボタンを押してみましょう。これも心の訓練の一つ、失敗もあるでしょうが、だんだんと「やる!」を選ぶことに抵抗がなくなってくるはずです。