· 

「しびれ」とはなにか

 (アーカイブ;2007年2月号より)

 

 子どものころ、雪の日になると外にとびだして、雪だるまを作ったり、雪合戦をしたものです。毛糸の手袋は使っているうちにびしょびしょになって、手がだんだんかじかんできますが、夢中になっているあいだはたいして気になりません。遊んだ後は、家の中で、ストーブのところで手を温めます。あたたまるにつれて、手がジーンとしてきて、少しズキズキしたりもします。手の色も真っ赤になっていますが、あたたまってくると、しびれもとれて指も動かせるようになってきます。

 

 以前、弓道を習っていたころには、よく正座をしたものでした。慣れないと10分もたつと足がしびれてきます。慣れてくると30分~1時間くらいはできるようになりますが(コツがあるんですね)、立った直後は足が無感覚になっていて、さわっても人の足みたいに感じます。それからじーんとしてきて、びりびりして足をつきにくい時間があって、もとに戻ってきます。

 

 この二つのしびれは、状況はちがうものの、ひとつ共通点があります。それは、これらがほんもののしびれであるということ。はじめの場合は、からだの一部がつよく冷やされておきたもので、二つめは、もものうらがわで坐骨神経が圧迫されて起きたというちがいはありますが、神経のはたらきが一時的に低下した状態、つまり神経障害であるという点で同じです。

 

 わたしたちお医者さんが「しびれ」ということばを聞いたとき、すぐに思い浮かべるのがこういったしびれです。こういうしびれについては、今までにいろんな研究調査が行なわれていて、きちんとした診察をすることで、かなり細かいところまで診断することができます。

 

 ところが、外来で聞かれる「しびれ」は、このほんとうのしびれにあてはまるものが意外と少ないのです。

 

 しびれの相談を受けるのは、内科、脳外科、整形外科といったところでしょうか。大きい病院だと神経内科もあります。

 

 たぶん、どの科のお医者さんも、しびれの相談はむずかしいと思っているはずです。

 

 まず、しびれそのものが目に見えません。レントゲンやMRIをたくさんとっても、しびれそのものがうつるわけではないので、しびれの診察は、患者さんの話をよく聞くことからはじまります。そして、からだを調べます。手や筆を使ってからだをなでたり、軽く叩いたりします。針や音叉、お湯の入った試験管を使うこともあります。患者さんは、触られたところがどんなふうに感じるのか、他の場所と比べてどうなのかを細かく聞かれます。地味な作業で、ぜんぜん華々しいところはありませんが、これが一番だいじな検査です。そのほかに、筋肉の力を調べたり、腱反射を調べたりもします。この段階で、お医者さんの頭の中には、考えられる病気がいくつか浮かんでくるのがふつうです。そして補足的な検査~血液検査やレントゲンなど~をして、診断ができるというわけです。

 

 しかし、これがかんたんではありません。患者さんからすれば、目に見えないしびれを口で説明しろといわれても困るし、そもそも感じなのだからなんと表現していいかわからないのです。「じーんとした」「ぴりぴりした」くらいなら、こちらもなんとなくわかるのですが、「とにかくしびれてます」とか、「なんともいえないしびれです」ではやはり困ってしまいます。

 

 そういうときは、「あなたもしびれを説明するのはむずかしいでしょうけれど、聞いてるこちらはもっとむずかしいのです」といって、しびれがいつ出るのか、なにかのきっかけで強くなったり弱くなったりするのか、細かく質問していきます。そうすると、なんだかぼやけてはっきりしなかったしびれの訴えがすこしづつわかって来ることもあります。

 

 それでもよくわからないことがあります。こちらの聞き方が悪いのか、患者さんの説明が不十分なのか。こうなると、根気の勝負です。さらに細かくつっこんで話を聞くのですが、聞かれるほうもたいへんでしょう。でも、ここが肝腎なので、ねちっこいくらいに話を聞かないといけません。

 

 そうしてわかったのは、「しびれの訴えくらい、いろんな意味が混じっているものはない」ということです。だるさ(手足、ときには全身)、むくみ(ほんとうのこともあれば、そうでないこともある)、ふらつき、からだが重い(ほんとうに重いこともある!)、こわばる、力が入らない、冷える、その他じつにさまざまで、なかには漠然とした不安(とくに自分の体にたいして)をしびれと表現している場合もあるくらいです。

 

 もちろん、本当のしびれ=神経障害だけが問題で、ほかは全部気のせい、というわけではありません。いろんな訴えには必ず意味があります。そして、本当の病気がそのうらにかくれていることだってあるのですから。だから細かく質問するのです。

 

 (ちょっとねちっこいかな)と思いつつも、質問する。(めんどくさいな)と思いつつも、答える。しびれの診断は、お医者さんと患者さんの丁々発止のやりとりがカギとなると言えます。